画像出典:刀剣乱舞(とうらぶ) – 公式 –
今年も年末年始恒例行事、連隊戦の季節がやってきましたね。
新刀剣男士としてリリース時以来の大太刀が実装されました。走ってますか?
でも、今年の年末はそれだけではありません。12/30には「続・刀剣乱舞-花丸-」の一挙放送がニコニコ生放送で決定したんです。
また花丸な刀剣男士たちの日常が見れるかと思うと、今からワクワクしますね!
刀剣乱舞-花丸-といえば、主役の大和守安定や加州清光はさることながら、仲良しの兄弟として粟田口派の刀たちの交流も色濃く描かれました。
なかでも兄として短刀たちを見守る「一期一振(いちごひとふり)」の愛情は本当に深く、兄というか母のように見えるシーンも多くありましたよね。
この一期一振ですが、アニメのみならず、ゲームの中でも弟のことを気にする面倒見の良いお兄ちゃんなんです。
ここでは、そんな一期一振の魅力と謎について迫りますね!
王子様?お兄ちゃん?様々な顔を持つ「刀剣乱舞」一期一振の魅力
刀剣乱舞-花丸-での一期一振は、兄として活躍するエピソードが大半でした。
でも一期一振にあるのは、兄の側面だけではありません。
むしろ、刀剣乱舞のキャラの中でも珍しいほど、様々な顔を併せ持つ複雑なキャラクター性を持っているんです!
それでは、彼自身はどのような刀なのでしょうか?
品行方正な王子様としての一期一振
一期一振は、「王子様」「騎士」と評される、まるで西洋の貴族のような佇まいの刀です。
立ち絵でも上品な雰囲気を漂わせており、黒いマントを翻して戦いますよね。
イラストだけではありません。言葉遣いも丁寧で、声色も落ち着いて静かです。
プレイヤーにも、家臣として一歩下がって発言をするような几帳面な一面が目立ちますね。
一方で、丁寧ながらも独特な語り口が癖になるという声もあります。
「~~ですな」という語尾を多用するので、ファンの中でも一期一振のマネをする時には「ですな」とつけがちですね。
声優さんから投下された爆弾発言から見る一期一振
一期一振の声優・田丸篤志さんが、自身の出演するラジオで一期一振のこぼれ話をしてくれたことがありました。
一期一振のセリフの1つに、「刀集め、ですか。いえ、文句はありませんが」というセリフがあります。
一期一振の主である豊臣秀吉が刀集めに執心していたことがこのセリフの元になっていると考えられるのですが、ちょっと諌めるような印象を受けるセリフなんですよね。
この鍛刀の時の台詞について、田丸さんは「自分がいるのに新しい刀なの?ってちょっと嫉妬してる感じ」で収録したらしいんです。
つまり、面白くなさそうなあの声は、やきもちなんです!
いつもは心乱さない優秀な家臣なのに、一期一振めちゃくちゃかわいいですよね。
弟思いの兄としての一期一振
一期一振は、入手時から徹頭徹尾、粟田口派の長兄として振る舞います。
粟田口派の刀は骨喰藤四郎以外、いつ作刀されたのかはっきりした日付はわかっていません。
なので、正確に誰が一番に作られた刀なのかはわかっていないんです。
ただ、一期一振は「粟田口吉光」という刀工の作った唯一の太刀なので、刀剣乱舞のゲーム内での肉体年齢的に、兄のポジションになったのでしょう。
弟と呼ぶのは、同じく粟田口派の短刀たち。
内番の1つ、手合わせの時には弟と一期一振の組み合わせで特殊台詞が発生します。
遠征のセリフも「弟たちをよろしくお願いいたします」と留守中の弟の身を案じるセリフとなっており、「刀剣乱舞-花丸-」をはじめとしたメディアミックスや、ファンアートで強調されているのもこの「兄」としての一面ですね。
豊臣秀吉愛蔵の刀・焼け落ちた悲劇の記憶
現在は御物と呼ばれる、天皇陛下の所有物である宝物の1つに数えられる一期一振ですが、彼を持っていた有名な武将といえば豊臣秀吉です。
所蔵した刀の中でも最も愛した刀と言われるほどで、豊臣秀吉は自分が持つために一期一振を磨り上げています。
ログインボイスの「露とおち 露と消えにし 我が身かな」という言葉は豊臣秀吉の辞世の句なので、豊臣秀吉が一期一振に与えた影響は強そうですね。
一期一振自身は、豊臣秀吉が没落した大阪夏の陣で、大阪城と共に一度焼けています。
一度は主人の夢と共に散った彼は、ここで主人への本懐を果たそうとしたのかもしれませんね。
一期一振は謎の多い刀!原作で未だ明らかにされていない謎
今まで見たとおり、一期一振は品行方正で主にも忠実な優しい刀ですが、ゲームリリース当初から謎めいた一面を持つ不思議な刀でもありました。
そんな彼の散りばめられた不思議な一面を深読みしてしまうプレイヤーも多くいます。
それでは、具体的にはどんな謎があるのでしょうか?
記憶の炎はどこまで?矛盾をはらんだ一期一振
一期一振のキャラクター説明には、「時折見せる表情には物悲しさが伺える」と書かれています。
この物悲しさの理由は、豊臣秀吉の栄華から没落までを見ていたことに由来するのでしょう。
彼は自己紹介で、「豊臣の記憶は大阪城とともに「焼け落ちた」」と言及していますので、大阪城で焼けた過去の悲しい記憶を指していることは明白です。
実際、彼の言葉の節々には豊臣秀吉の影が伺えます。しかし、これ、不思議ではありませんか?
「焼け落ちた」という言葉から連想されるのは記憶の喪失です。
実際、一期一振と同じく大阪夏の陣で焼けた鯰尾藤四郎は「焼けて記憶が一部ない」と自己紹介しますし、明暦の大火で燃えた骨喰藤四郎も「焼けて記憶はない」と自己紹介します。
「焼ける=記憶がなくなる」という図式が出来ているので、自然と一期一振には記憶がないのだろうな、と推測しますよね。
ですが、一期一振は本当に記憶がないのでしょうか?
一期一振は自分の派手な身なりを「前の主の影響」と笑い飛ばしたり、豊臣秀吉の辞世の句を引用したりと、とても豊臣秀吉を忘れているようには思われません。
そして、彼自身豊臣の記憶について「焼け落ちた」と表現するのみで、「記憶がない」とは言っていないんです。
どこまで「焼け落ちて」失われているのかについては、公式の見解を待つしかないのですが、黒田の記憶を忘れたことにして封じ込めていた「へし切長谷部」の例もあるので、「話題に出したくないから忘れたふりをしているだけでは」と考えているファンもいます。
本当に彼は「一期一振」なのか?衣装から来る疑問
一期一振の衣装や髪の色は、大阪城がモチーフになっているのではと言われています。
衣装に散りばめられた金色の装飾は、現在見ることが出来る大阪城のデザインに酷似していますよね。
特徴的な水色の髪は、大阪城の屋根の色によく似ています。
しかし現存する大阪城は、豊臣秀吉が建てたものではなく、徳川家康が後年に建てた城なんですよ。
これだけ豊臣秀吉を意識したキャラクター設計なのに、衣装が「徳川の大阪城」を意識しているというのは、なんだかちぐはぐさを感じませんか?
ツイッターで話題騒然「一期一振の影打」とその行方
一期一振は豊臣秀吉が所持していた時代、歴史の授業でも取り上げられるほど有名な天下分け目の大戦「大阪夏の陣」で、彼の弟である「鯰尾藤四郎」と共に燃えました。
その時の記憶について、一期一振は「焼け落ちた」と言うのみで多くを語らないのは前述の通りですが、彼の過去についての記録で面白い資料が見つかり、ツイッターで話題になりました。
明暦の大火による江戸城の被災刀リストに「吉光一振の陰」の名があるんですが、徳川美術館の佐藤豊三氏はこれを、一期一振の陰打ちと称された品だろう、と解釈しています。
一期一振に「陰」がいた? 一期一振は大阪城で鯰尾とともに焼け、一期一振・陰は明暦の大火で骨喰とともに焼けたとか。胸熱。 pic.twitter.com/9leFFUUYxy— さよのすけ (@sayonosuke) December 8, 2018
豊臣秀吉の所蔵した刀が燃えたという事件は2回ありました。
一度目が徳川と戦をしていた「大阪夏の陣」の最中の出来事です。
ここで、一期一振と鯰尾藤四郎(一期一振の弟)が燃えています。
その後、江戸城で明歴の大火(めいれきのたいか)と呼ばれる大きな火事がありました。
この時、「大阪夏の陣」では奇跡的に燃えずに残された、一期一振の弟である「骨喰藤四郎」という粟田口の刀が燃えています。
同じく明暦の大火で燃えた刀の中に、「一期一振の影打(かげうち)」があったという資料です。
影打というのは、同じ刀をいくつか打ったうちの真打として使われなかった刀のこと。
神社や高い身分の人間からの依頼である場合、刀工は同じ刀を5本程度同時に作刀して、その中から最も良い刀を納品します。
その最も良い刀を「真打」、他の刀を「影打」とするんです。
徳川家は真打の「一期一振」と、影打の「一期一振」の両方を所持していたということですね。
影打といい真打といい、有事の際に弟に寄り添い続ける一期一振は、まさに弟思いの兄そのものです。
これだけなら、「いい話だな」で終わるのですが、深読みするファンはそうは思いません。
一期一振の影打は「江戸城(徳川家康の城)」で焼け落ちていることから、衣装に「徳川家の大阪城」が採用されているという謎を含めて、「実は本丸の一期一振は影打なのでないか?」という考察をしているファンもいます。
流石に考え過ぎかなと私は思うんですが、様々な解釈ができる今の状態は結構楽しくもありますよね。
【まとめ】謎めいた魅力の一期一振!連れ回して堪能しよう
類まれなるお兄ちゃん力でファンを虜にする一期一振。
しかし、その側面には「兄」だけではない様々な一面が見え隠れしています。
彼の過去にまつわる「謎」も含め、今後の「刀剣乱舞」の展開に期待が持てそうです!